三囲神社について   
 
今から600年以上前の文和年間(1352〜1356)
近江国・三井寺の僧 「源慶
(げんけい)」 が荒れ果てた小さな祠を見つけたのは、東国巡礼の途中、隅田川のほとり 牛島(現向島) のあたりにさしかかった時のことでした。
 
近くの農夫にその祠の由来を尋ねると、農夫は
「弘法大師創建の由緒ある祠だ」 と答えました。
 
源慶はそのような祠の荒廃ぶりを深く悲しみ、自ら修復を始めようと地面を掘ったところ、土の中から、白い狐に乗った翁の像を納めた壺が現れたそうです。 
 
そのとき、何処からともなく現れたのが「白い狐」。
その狐は土の中から掘り出された 「翁の像」 の周りを三度めぐって、また何処へともなく消えさったそうです。
 
この故事が 「みめぐり」 の名の由来だと伝わっています。
 
 
境内には石碑が多く、その中の一つに 宝井箕角の
「雨乞いの句碑」があります。
 
元禄六年(1693年)は春から非常な干ばつで、付近の農民たちは三囲神社に集まり、鉦や太鼓を打ち鳴らして、ただただ雨乞いをするばかりでした。
 
そこへたまたま参拝に来た、松尾芭蕉門下・第一の高弟ともいわれる俳人・宝井箕角が、雨乞いする農民にかわって 「夕立や・・・・・・」の句を献じたところ、翌日から雨が降り続き、農民の苦難が救われたそうです。
 
 
 
境内の箕角の句碑には
 
此御神に雨乞する人にかわりて
遊ふ田地(夕立)や田を見めぐりの神ならば 晋箕角
 
と刻まれています。