004   着物を楽しく着られたら      2005年弥生の頃

 現代においては和服は冠婚葬祭における正装、またはお茶・踊りなど一部の人々の
為のもので一般的ではないと思われがちですね。帯が苦しい、袂が不便、歩きづらいし
車の乗り降りも・・・・・等とマイナスのイメージはいくらでも揚げられそうです。
でも、かつての人にとってはこの和服が日常着、毎日苦しい不便な思いばかりを
していたのでしょうか。

 着物の歴史をひもとくと、およそ平安時代の頃には現在と似た形のものが
着用されていたようです。
貴族の女子はたくさんの襟を重ねた「十二単(じゅうにひとえ)」を着用し、
時代劇ドラマで見られる様に裾を引きずって歩きましたが、
庶民は質素な着物に帯を結んで仕事をしました。
武家社会になるとよりシンプルで動きやすく改良され、袖丈の短い小袖が中心となってきます。

 安土桃山時代の文化の発達と共に生地に模様を織り込んだり絵を描いたりと
派手できれいなものが生まれ、始め武家から、その後商業の発展と共に力をつけた
商人たちによりやがては町人たちにも徐々に浸透して行きます。
 江戸時代、町人の暮らしもより安定してくると中には富と力を手にする者も現れ、
こういった人々により着物・帯の素材、模様のみならず帯の結び方、
小物との取り合わせの妙、細工ものなど 新しい工夫がされるようになります。
友禅や西陣織などが開花するのもこの頃です。

 帯の結び方と言えば、この当時城内に働く女中たちは一人では結ぶことの出来ない
帯結びをしておりました。
その上、外出時と室内にいるときでは帯の形を変えねばならなかったのです。
この帯結びは「たて矢」といい、この矢が左肩からのぞくと外出時、
右肩からのぞくと屋内用だったそうです。
何故こうであったかというと、勝手に外に出て城内の秘密事を漏らされては困る、
と警戒する意味がありました。
外出する際は、たとえご用を言いつかっての外出でも許可をもらい帯を結び直して
もらってから出かけたそうです。これは城内のみならず大名家の女子も同じく窮屈で
不便な帯結びを強いられていた歴史もあるそうです。

身勝手を許さず女子を縛る為の封建社会における帯の役割だったようです。

 身分の差の激しかった当時、一方で貧しい者にとっては着物は一枚きり、
冬「あわせ」で着ていた着物を夏にはほどいて「ひとえ」にして着た、などという
話もあり、「身ぐるみ剥がして」とは 着ている唯一の財産をはぎ取って・・・・・
という意味だとも聞いたことがあります。

 やがて長い江戸時代が終わり、西洋よりの文化の流入とともに、洋装が主流に
なって参りますが、今になっても和装は大切な儀式や特別なおしゃれには
かかせないもの、また風流を楽しむものとして残っているのも事実です。

 着物をもっと気楽に着て、たとえばお花見や隅田川の花火などに出かけてみたい
などと考えた時にやはり気が重いのが「帯結び」でした。
確かに女子の自由を束縛する為に考えられた帯結びも存在したのですが、本来は
男性・女性共に一人で着物を着なくてはならなかったのですから、当然結び方も
もっと簡素で楽でもあったわけです。
そんな帯結びを広く紹介して もしかしたら
タンスの中に眠っている和服を日常着の
ひとつに加えて頂けたら、とお考えなのが
私も常々お世話になっている
    「押上・張福 角田 操さん」 です。
 角田さんのお父上は腕の良い「洗い張り」職人だったそうです。お父上がご活躍の頃、
昭和の初めの頃でしょうか この一帯には和服に関連した職人が多く存在したそうですが、
時代と共にそんな職人も減りつつ有るそうです。
後継者を育てる為の長い時間のかかる地道な修行を支えるだけの需要が無いのが
現状だそうです。
角田さんはご自身にそういった技術はないものの、絞り・染め・洗い張り・しみ抜き
紋屋・仕立て屋 といった技術や職人たちを後の世に残すことを願っておられ、
もともと洗い張り専門店だった 「押上・張福」 を拠点に方々へフットワーク軽く
出かけながら活動をされています。



 

 タンスに眠っている着物をコートに仕立て直したり、時には洋服に作り変えたり
活用のアドバイスをしたり、一人で着物を着られる様にと着付け教室をひらいたり、
また今春からは自分で着られる方を対象に着付けのプロを養成する講座を
NPO法人 すみだ学習ガーデン において開講されるそうです。
また古典落語を題材にした創作芝居を上演する 「深川とっくり座」 の衣装を担当、
時代背景や状況に応じた衣装の取り合わせや舞台裏での着付けなどもなさってます。
この2月には演出家の 由布木一平氏 のベトナムでの 「夕鶴」 講演に賛同し、
着付け担当としてベトナムへ行かれるそうです。帰国後には現地の様子などもお知らせ
頂けるはずです。
  


 大胆なお魚柄の着物を
 コートに仕立てたもの


  深川とっくり座 2004年8月講演
      丹青の「皿屋敷」


角田さんはたくさんの 「引き出し」 をお持ちの方です。これから折に触れ
お話を伺い皆様にもご紹介させて頂くつもりです。



着物に関しておもしろい情報を見つけました。

ご存知の様に 1200余年の悠久の歴史に培われた京都には 西陣織や京友禅・京焼・清水焼
をはじめ 数多くの伝統工芸品があります。 
その素晴らしさを改めて全国に広めるため 京都市は独自に 「春分の日」を「伝統産業の日」に
制定しているそうです。 平成17年は この日を中心に様々なイベントが企画されている中に 
着物姿でお出かけするだけで 二条城・京都国立博物館・京都近代美術館 等を初めとする
20もの施設の入場が無料になったり 京都市営バス・京都市営地下鉄 の乗車が無料に
なったり また もし着物が着くづれた時は 京都市内の大手デパートの和服売り場 
または市内の呉服店にて無料でお直しをしてもらえる といった特典があるそうです。
和服やそれにまつわる工芸品を身近に楽しんでもらいたい あるいは古都・京都を堪能して
もらいたい という趣旨からのイベントの様です。

詳しいことは 京都市伝統産業課のホームページをご覧下さい。 

江戸の情報でないのが残念です。江戸に残る伝統工芸を守る為にもいつかこんなイベントが
開催されることを心待ちにしていましょう。

 







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